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2-4 医療紛争ADR制度の整備


Ⅰ 医療事故裁判 福島県立大野病院の例

 

 2004 年 12 月 17 日、福島県立大野病院で帝王切開中の出血により、患者が死亡しました。

 

 2006 年 2 月 18 日、 業務上過失致死 罪および異状死の届出義務違反( 医師法 違反)の疑いで担当医師が 逮捕 、その後起訴されました。死因は検察と被告人のあいだに見解の相違があり、現在係争中です。

 

 この症例は 10 万件に 1 件あるかないかの非常にまれなものであり、医師の過失があったかどうかも断定できません。また、当該の医師はたった一人で地域の産科医療に貢献していました。

 それに反して行われた逮捕により、地域医療に貢献している医師の意欲は著しく低下しました。

この逮捕に対し、医療界の各方面から抗議が殺到、すずきかんも、当該の医師を救うための署名運動のイニシアチブをとるなど、この問題の解決に取り組みました。

 

Ⅱ 司法制度の限界

医療事故において、司法制度は様々な問題点を抱えています。

 

1 患者側からみた、司法制度の限界

(1) 真相究明につながらない

 医療事故において、遺族・被害者の願いとは、まず「事故の真相を知りたい」ということです。

 しかし、訴訟は要件事実を認定するだけであり、被害者がどのような状況で亡くなったのか、などの被害者側の知りたいことを明らかにすることには直接つながりません。

 

(2) 結果が金銭賠償の形でしか現れない

 また、訴訟のアウトプットとしては金銭賠償しかありませんが、前述のように被害者側は「真相の究明」と「医師の誠実な謝罪と対応」を第一義的に望んでいるのであり、金銭的賠償は多くの場合それほど重要ではありません。しかし現在の訴訟制度では、金銭的な形でしかその結果が見えません。これでは、被害者やその家族が納得するはずもなく、逆に患者側・医療者双方に悪感情をのこしてしまいます。更に、メディアの取り上げ方次第では「被害者側は金欲しさに裁判をしている」と一般市民に受け取られかねません。

 

(3) 対立構造を前提とするため、双方に亀裂が生じる

 社会では、ある集団間で問題が生じたとき、当事者が直接話し合い、交渉を重ねたうえで解決するのが常です。しかし、裁判は対立構造を前提とするものであり、双方が直接話し合って和解する方法は念頭にありません。訴訟というものは、一般の社会に置き換えて考えると一種異常な形態であるといえます。

 医療事故紛争は、患者・医者双方の「感情」が決着するか否かの問題です。それを対立構造のみで解決しようとすると、法的には決着しても双方の感情は逆にエスカレートしかねません。

 

2 医療者側からみた、司法制度の限界

(1) 訴訟のシステムは、医療事故の性質に合わない

 医療事故は一医師の責任ではなく、さまざまなシステムが原因で起こります。再発防止のためにはシステム全体の流れを見て欠陥を明らかにする必要がありますが、訴訟では事故を起こした ( システムの中で、患者に被害を及ぼした部分を担っていた ) 医師個人の責任しか問われない場合が多くあります。それでは、原因も解明されず、また医師も不本意な形で医療事故の全責任を負うということになってしまいます。

 交通事故の場合は、原因がある程度はっきりしていて、加害者側の過失の程度もはっきりしています。しかし医療事故の場合、専門性・個別性が高く原因や過失の程度を明確にすることができません。第一に、医師は患者の生命を助けようと精一杯やっているのであり、その努力空しく患者を死亡させてしまったという例がほとんどです。そういった医師を「犯罪者」という形で司法が裁くのは道義的に許されることではありません。

 

(3) 積極的な治療が行われなくなる 

 そういったことが原因となり、医療者側は効果は高いがリスクの高い治療を行わなくなり、いわゆる「防御医療」に入ってしまいます。大変効果は高いが10人に一人重篤な副作用が出る、といった治療が行われなくなるのです。これは、社会にとって大きな損失です。

 また、事故が起きやすく訴訟のリスクの高い産科、小児科が医師から敬遠され、産科・小児科が不足するという事態も起こっています。

 

(4) 患者遺族に対して人間的な感情を持って接することが許されない

 医療者側も、真相の解明を行い再発防止に努め、しかるべき賠償を行い、なにより患者側に誠実な対応を行いたいと思っています。しかし、訴訟を通してでは、患者側に直接会うことすら叶いません。

 

医師・患者のニーズと食い違う訴訟システム

 

 

Ⅲ 「対話自律型」医療ADRとは

 医療事故裁判には、以上のような限界があります。そこで、訴訟システムにかわるものとして注目されているのが「対話自律型医療 ADR 」です。

 ADR とは「裁判外紛争機関」のことで、裁判の前に、事実認定や過失の有無などを判定する機関のことです。 ADR は大きく2つの形、「裁判準拠型 ADR 」「対話自律型 ADR 」に分けられます。

 「裁判準拠型 ADR 」は、裁判の手続きを簡略化し、コストを削減するために導入される、法の役割を補完するものとしての ADR です。これは紛争処理の短縮化には効果がありますが、裁判という制度自体の限界から様々な問題が起きている医療過誤訴訟においては、ただ裁判の弊害を助長させてしまうにすぎません。

 医療過誤訴訟において有効なのは、裁判では達成することのできない、患者・家族・医師間の血の通った合意・納得を導きだすための ADR 、「対話自律型 ADR 」です。

 院内で紛争が解決しない場合に、第三者機関ADRが受け皿となって対話による合意形成手続きに入ります。まず、メディエーションと呼ばれる自律的紛争解決をサポートする技法を身につけた弁護士などが、医療者・患者間の対話による解決の促進を図ります。その過程で、必要なら、医師・弁護士・審査委員からなる「早期評価パネル」が事実認定と賠償案を提示します。この段階では拘束力は発生しません。「早期評価パネル」の評価をもとに、再度、患者・医師双方が対話による合意形成を試みます。双方は訴訟に持ち込む精神的・金銭的・時間的な負担をかけることなく事実認定や賠償額などを知ることができ、また自分自身で納得の行く解決を柔軟に工夫することができます。

 この段階で合意に至らず、さらに双方が仲裁パネルの評定に従うとの合意がなされれば、次の段階である仲裁手続きに入ります。この段階では、医師・弁護士・審査委員からなる「仲裁パネル」が、拘束力のある賠償案の決定などを行い、紛争は解決することになります。

 

 

医療裁判外紛争処理システム

 

 

Ⅳ 米国での実績

 訴訟大国であるアメリカでは、以前は「謝罪イコール責任を認めたことになるから、決して謝罪してはならない」といったことが当たり前でした。しかし、そういった事故発生時にいかなる意味でも謝罪をしないという非人間的な対応が紛争を激化させること,逆に謝罪や情報開示を含む医療者・患者間のコミュニケーションの整序こそが,無意味な紛争の激化や訴訟を防ぎ,医療者=患者関係によい効果をもたらすことが最近になって認識されており、医療訴訟において謝罪のもつ機能に注目が集まっています。

 その表れとして、アメリカでは, Sorry Law あるいは Apology Law とよばれる立法が急速に普及してきています.これは、事故直後に医師が患者側に謝罪を行った場合に,のちに訴訟に至った場合でも,この謝罪をもって「過失」の存在を推定させる証拠としては援用できないとする証拠法の一種です。すなわち、この法律ができる以前は「謝罪=過失を認めた」ということでしたが、この法律により、裁判における影響を気にすることなく、医師は患者に対する人間的な謝罪の念を表明できるのです。

 この法律は 1999 年マサチューセッツ州、 2000 年にカリフォルニア州で採択され全米の注目を浴び、 2006 年現在、全米 29 州で採用され、導入検討中の州も多くあります。

 こうした法整備と並行して、事故発生時に医療機関内で情報開示、謝罪とコミュニケーションを図るシステムの整備も行われています。ケンタッキー州レキシントンにある退役軍人病院では、謝罪および情報開示と何が起こったかの説明、改善策の提示などを推奨するプログラムが 1980 年代後半から採用され,成果を収めています。患者側が賠償請求する場合の方法や手順についての情報提供や助言も行うなど一歩踏み込んだ対応がなされており、その結果,導入以来 17 年間の平均補償額は,全米の退役軍人病院全体の平均 98,000 ドルに対し,わずか 16,000 ドルです。医療紛争と謝罪かる時間も,通常2~4年という平均値に対し,わずか2~4か月にまで短縮されています。

 このほか、ミシガン大学ヘルス・システムでも、謝罪を推奨する情報開示モデルを採用した 2002 年以降、年間の弁護士費用が 300 万ドルから 100 万ドルに減少し、訴訟数も半減したというほうこくがあります。

 また、患者と医療機関間の対話を促進する初期紛争対応担当者を配置する医療機関も増えています。ピッツバーグ大学メディカル・センターでは, 2004 年よりメディエーションを導入しています。 医療機関内で解決しない場合には,院外の第三者メディエーターの援助のもとで,患者側と医療機関側が対話し、そこで病院側は、何が起こったか、それがなぜ起こったのかを開示・説明し、そのうえで病院として再発防止のためにいかなる改善ができるかを伝えます。もちろん,真摯な謝罪がそこでは推奨されます。これらはすべて、対立構造が前提である訴訟では得られないものです。 2004 年終盤の数か月だけで 77 件のメディエーションが行われ、 68 件で解決が達成されているといいます。

 また、 2006 年からは、初期対応のいっそうの充実を図っています。患者が苦情を申し立て、初期の患者関係部局の対応では納得できないという場合,院内で初期メディエーション( Early Mediation ) が行われます。初期直接対応から,院内初期メディエーション,そして第三者メディエーションへというこのシステムは,ジョンズホプキンス病院や,ペンシルバニア州のドレクセル病院でも採用され,成果を収めています。

 このような試みの成功は多くの政治家の注目を浴び、大統領候補でもあるヒラリー・クリントンおよびバラック・オバマも、医療危機改革の方策として、こうした情報開示、謝罪提供のプログラムを提言しています。

 

 

「対話型」医療ADRの導入

・2013年までに、現在の医療ミスにおける交渉をほとんど処理できる規模の医療ADRを設立します。

 

 平成 18 年に新しく起こった医療訴訟は、 912 件です。訴訟に発展していないトラブルはその何倍かあると考えられますので、訴訟に発展した例を含む医療紛争の件数を医療訴訟の件数の 3 倍、 2700 件とします。また、一件の医療紛争を、早期評価パネルで審査するためにかかる時間を 2 週間と仮定します。

 次に、早期評価パネルの構成とその人件費について考えます。一件の医療紛争に対し、医師2人、看護師1人、弁護士1人が処理するとします。(実際は複数の案件を何人もの医療関係者、弁護士で同時に処理することになるでしょう。たとえば、 4 つの案件を医師 8 人、看護師 4 人、弁護士 4 人など。ここではその人数を 1 件当たりで割って考えます)

 さて、「賃金構造基本統計調査報告」によると、医師、看護師、弁護士の平均給与 ( 月額、賞与除く ) はそれぞれ 788 千円、 315 千円、 905 千円となっています。よって、医療紛争を審査する2週間の給与を補てんするための費用は、それぞれ 394 千円、 157,5 千円、 452,5 千円、合計で 1,004 千円となります。

 この金額を、医療紛争の数 (2,700 件 ) でかけると、 2,710,800,000 円 (27 億円 ) の予算が必要であることが分かります。

 

 

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